「職員が、顧問先の資料をChatGPTに貼り付けて要約させていたらしい」。こうした話を耳にして、ひやりとした経験のある所長の方もいるはずです。
生成AIは、メールの下書きや資料の要約、論点の洗い出しなど、事務所の定型的な作業を短くできる道具です。一方で、税理士には守秘義務があり、顧問先から預かる情報には個人情報も多く含まれます。禁止するだけでは、便利さに気づいた職員が個人のアカウントでこっそり使う、という状態になりかねません。
この記事では、税理士・会計事務所が生成AIを業務に使い始める前に、事務所として決めておきたい5つのルールを整理します。法的な判断を断定するものではなく、ルールづくりの出発点としてお使いください。
結論:決めておくべきは「入力・サービス・確認・記録・見直し」の5つ
最初に結論をまとめます。事務所で決めておきたいのは次の5つです。
- 入力してよい情報の線引き:顧問先が特定できる情報を入力してよいか、どこまでなら可か
- 使うサービスとプラン:入力内容が学習に使われない条件のサービスに限定するか
- 出力の確認手順:条文・通達・数値を誰がどう確認してから使うか
- 記録の残し方:どの業務でAIを使ったかを、後から説明できるようにするか
- 見直しの時期:サービスの規約や法令の動きに合わせて、いつルールを見直すか
以下、それぞれの考え方を順に説明します。
1. 入力してよい情報の線引きを決める
最も重要なのが、生成AIに入力してよい情報の範囲です。税理士法第38条は、税理士が「正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない」と定めています(税理士でなくなった後も同様です)。公認会計士にも、公認会計士法第27条に同様の守秘義務があります。
外部の生成AIサービスに顧問先の情報を入力することが、直ちに「秘密を洩らす」ことにあたるかは、サービスの取り扱い条件や入力の内容によって判断が分かれる問題です。判断の考え方は「生成AIに顧問先の情報を入力してよいか:守秘義務と個人情報保護法から考える判断基準」で詳しく整理しています。だからこそ、職員一人ひとりの判断に任せず、事務所として線を引いておく必要があります。
線引きの例を挙げます。あくまで一例で、事務所の方針に合わせて調整してください。
| 区分 | 情報の例 | 扱いの例 |
|---|---|---|
| 入力してよい | 公開されている法令・通達の文言、一般的な質問、顧問先が特定できない文章の推敲 | 制限なし |
| 条件付きで可 | 社名等を伏せた試算表の数値、匿名化した相談内容 | 事務所が認めたサービスのみ |
| 入力しない | マイナンバー、顧問先名と結びついた財務情報、個人の所得・家族構成 | 原則禁止 |
2. 使うサービスとプランを決める
同じ生成AIでも、サービスやプランによって入力内容の取り扱いが異なります。個人向けの無料プランでは、設定によって入力内容がサービス改善のための学習に使われる場合があります。一方、法人向けプランには、入力内容を学習に使わないことを利用条件に含めているものがあります。条件は各社・プランごとに異なります。
個人情報保護委員会は2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、個人情報取扱事業者に対して次の点を示しています。
- 個人情報を含むプロンプトを入力する場合は、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること
- 本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し、そのデータが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法に違反する可能性があるため、提供事業者が機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること
つまり、顧問先の個人データを扱う可能性がある以上、「どのサービスの、どのプランを、どの設定で使うか」を事務所として指定しておくことが欠かせません。各社のプラン条件は変更されることがあるため、選定時には必ず最新の公式情報(利用規約・データの取り扱いに関するページ)を確認し、確認した日付を記録しておきます。
3. 出力の確認手順を決める
生成AIの回答に、もっともらしい誤りが混ざることは珍しくありません。これが、確認手順を決めておく理由です。上記の注意喚起でも、一般の利用者向けの留意点として、応答結果に不正確な内容が含まれることがある点が挙げられています。
税務の実務で問題になりやすいのは、条文番号の取り違えや、改正前の取り扱いをもとにした回答です。そこで、次のような確認手順をルールとして決めておくことをおすすめします。
根拠を原典で確認する
条文・通達・国税庁の情報は、生成AIの回答ではなく、e-Gov法令検索や国税庁のサイトで原文を確認します。
数値は元資料と突き合わせる
要約や表の作成をさせた場合、数値は必ず元の資料と照合します。桁の誤りや、別の年度の数値が混ざっていないかが確認の要点です。
顧問先に出す文書は担当者が責任を持つ
生成AIが作った文章をそのまま送らず、担当者が内容を確認し、事務所の責任で送付します。
4. 記録の残し方を決める
後から顧問先や職員に「この資料はAIを使って作ったのか」と聞かれたときに説明できるよう、簡単な記録を残しておくと安心です。
細かいログを取る必要はありません。たとえば「顧問先向け文書の下書きに生成AIを使った場合は、案件管理表の備考欄に記入する」程度の運用でも、事務所としてどの業務にAIを使っているかが見えるようになります。どの業務で時間が減ったかを把握できれば、次にどの業務へ広げるかを判断する材料にもなります。
5. 見直しの時期を決める
生成AIのサービスは、機能もプランの条件も頻繁に変わります。法令やガイドラインの動きもあります。ルールは一度作って終わりではなく、見直す時期をあらかじめ決めておきましょう。
目安としては、3か月に1回程度、次の点を確認するとよいでしょう。
- 使っているサービスの利用規約・データの取り扱い条件に変更がないか
- 個人情報保護委員会や所属団体から、新しい注意喚起や指針が出ていないか
- 職員から「この使い方はよいのか」という質問が出ていないか(ルールの曖昧な部分を見つける手がかりになります)
まとめ:短いルールから始めて、定期的に見直す
生成AIを事務所で使うかどうかは、もはや「使う・使わない」の二択ではなく、「どう使えば安全か」を決める段階に来ています。
最初から完璧なルールを作る必要はありません。入力してよい情報の線引きと、使ってよいサービスを1枚にまとめ、職員全員で共有する。そのうえで、3か月ごとに見直していく。この小さな一歩が、守秘義務を守りながら生成AIの便利さを事務所に取り入れるための近道です。
なお、本記事は一般的な考え方の整理であり、個別の事案についての法的判断を示すものではありません。具体的な判断が必要な場合は、所属する税理士会や弁護士にご確認ください。